仕事という垣根を超えた時に

仕事という垣根を超えた時に

私は大学生アルバイトでした。

 

出会いはショッピングモールの中にある喫茶店でした。彼はいつもスーツ姿で一杯のコーヒーだけを飲みに来ました。どこで働いているのか、ご飯はどこで食べてくるのか、何も分かりませんでしたが、彼は欠かさずやって来ました。と言っても、私自身がアルバイトなため、毎日いた訳ではありませんでしたが、お昼の時間帯のシフトに入ると彼は必ず来るのです。

 

スーツがよく似合っていて長身な男性でした。私は大学生でしたが、何だか勝手に親近感を覚えていました。年頃は近かったと思います。何をお飲みになりますか? ホット一つ。毎回これだけの会話でした。

 

特に何かを感じていた訳ではありません。ただ若い青年がコーヒー一杯を必ず飲みに来るというのがなんだか渋くて面白くて興味深く、今日も来るかとチェックするのが私の楽しみになっていたのでした。

 

ある日、私は友達とご飯を食べた帰り、一人で駅へ向かいました。駅のホームで私の心臓は止まりました。カーキのブルゾンにジーンズ。緑色のスニーカー。髪の毛は黒くて毛質は硬め。

 

私服なんて見た事なかったのに私にはすぐに分かりました。知らない私服の後ろ姿。常にスーツのあの人を考えている訳でもありません。その後ろ姿を見るまで思い出しもしませんでした。それなのに、私には分かりました。あれは絶対に彼でした。

 

私は彼の隣に立ちました。彼は近づいてくる人影に気付いて私の方を見ました。すると彼は「あ。」と言いました。

 

私達はお互いに私服だったのに、お互いにすぐに気が付いたのです。

 

「なにかお飲みになりますか?」

 

私がそう言うと彼は笑いました。彼の素の笑い顔でした。愛しい、と思いました。

 

これが私達の始まりになりました。